日本における酒の興り②~「ヤマタノオロチ」と果実の酒~
日本における酒の興り②~「ヤマタノオロチ」と果実の酒~

2018.04.6

日本における酒の興り②~「ヤマタノオロチ」と果実の酒~

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こんにちは!ぼんちゃんです!

盛岡もようやく寒さが和らぎ春はすぐそこ。
桜を見ながら酒を飲む…というのはまだまだ先の話になりそうですが、楽しみな日々がやってきます。ちなみに弊社では「にごり純米酒菊の司桜」を3/19から発売しました。アルコール度数は15度と控えめで、原酒のにごりよりもすっきり飲みやすいとの評判です。「にごりはちょっと苦手だなあ」という方も是非トライしてみては…??

という宣伝も程々にしまして。
今回も前回に引き続き日本の酒文化の始まりに迫っていきますが、先述した「春はすぐそこ」の件は無計画に書いたわけではありません(笑)春になると冬眠していた生物が次々に現れます。癒し系の生き物ならいいですが、熊とか蛇とかちょっと厄介な危険生物も多く出没します。今回のコラムはその蛇を酒で退治した話から始まります。

当コラム「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、日本酒にまつわる歴史エピソードをシリーズで紹介していきます。

「ヤマタノオロチ」伝説

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皆さんは「ヤマタノオロチ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?かなり有名な話なので恐らく知っている方が多いと思いますが、ゲームやアニメのキャラクターのモチーフにされることも多く、話の内容を詳しく知らなくても名前は老若男女問わず周知されています。これは『古事記』や『日本書紀』で登場する日本の神話で、八つ首の蛇を退治する話です。その退治に深くお酒が関わっていて、特に『日本書紀』の記述が日本の酒の起源を研究するにあたってとても注目されています。

スサノオノミコトという神が高天原(天界)を追放された所から始まるこの話。出雲国(現在の島根県)に降り立ったスサノオノミコトは、そこで号泣している老夫婦と娘に出会います。なんでも老夫婦には元々8人の娘がいましたが、年1回だけ8つ首のヤマタノオロチという大蛇がやってきて、7人を一人ずつ食べてしまったのだと言います。その年1回が今日で、最後に残った娘が食べられてしまうということで泣いていたらしいのです。スサノオノミコトは娘との結婚を条件にヤマタノオロチ退治を請け負い、まずは娘を神通力で櫛の姿に変え自分の髪に挿します。次に老夫婦に酒桶8つ分の強い酒を醸させました。それを設置し待っているとヤマタノオロチがやってきて、酒桶にそれぞれ頭を突っ込み、酔っぱらって寝たヤマタノオロチをスサノオノミコトが剣で切り刻み退治する、という話です。

ちなみにスサノオノミコトは「須佐之男命」「素戔嗚尊」、ヤマタノオロチは「八岐大蛇」「八俣遠呂智」などと表記されますが、史料によって違いがあるため、すべてカタカナ表記としました。あと老夫婦と娘にも名前がありますが、こちらも史料によって違いがあるのでここでは明記しません。

『日本書紀』の記述

『日本書紀』の巻第一の第八段にヤマタノオロチの神話が書かれています。その中でも注目されているのが、「汝可以衆菓釀酒八甕」【訳:いろいろな木の実を用いて甕8個の酒を醸しなさい】という一文です。これは先述したあらすじの老夫婦に酒を造らせるシーンですが、他の史料にはこういった酒の原料まで示した記述がありません。だから貴重な文章なのですが、今回の着眼点はそこではありません。正しいストーリーは何なのかというのも今回に関してはどうでもいいことです。何が重要かと言うと、712年の段階で木の実・果実を使った酒造りが行われていたということです。口噛み酒の流れでこの時代も米の酒が主流だろうと思ってしまいますが、この記述があるということは、ヤマタノオロチ伝説が作り話であろうが本当の話であろうが、果実で酒を造る概念が存在したことになります。しかしそれ以降、明治頃までそういった酒があまり出てこないのはなぜでしょう。

果実の酒

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果物に含まれる糖分は野生酵母の働きでアルコール発酵をします。野生酵母自体は花などにも生息しているので、条件さえあえば比較的簡単に酒を製造することができます。だからワインなど果実を利用した酒が世界的に普及したのです。ちなみに花酵母を使って日本酒を製造している酒蔵さんもありますので、興味のある方は「花酵母 日本酒」などで検索してみてください。
先程「条件さえあえば比較的簡単に酒を製造できる」と書きましたが、ではなぜ日本で果実酒が普及しなかったのでしょう。これは個人的な意見ですが、単純に日本人の口に合わなかったからだと思います。というのも果実の中で一番酒になる可能性が高いのはブドウですが、ブドウ栽培自体が始まったのは鎌倉時代以降と言われています。その他のブドウと言えば自生しているエビヅルやヤマブドウぐらい。それらは栽培・自生を問わず酸っぱくて糖度が低いものばかりなので、糖を補わないかぎりはしっかりとしたワインになりませんでした。よくよく考えてみると、和食の酸っぱさは酢が由来のものばかりです。寿司のシャリもそうですし、酢の物もその通り。それ以外の酸味というのが正直思い浮かびません。しかもその酢も基本的には米酢で、今でこそオシャレな○○ビネガーと言うような果物の酢も親しまれていますが、それも最近になって知られるようになったものです。レモンも当時はないですし、やはり日本人の舌に合うのは果物由来ではなく、米由来の呈味成分なのだと言えると思います。

おわりに

今日はヤマタノオロチ伝説から果物の酒について掘り下げてみました。
次回はカビを利用した酒の始まりに迫っていこうと思います。

これから山菜採りシーズンが始まります。
くれぐれも蛇にはご注意ください。弊社商品を水筒に常備しておけば退治できるかも…?

なんていう冗談はさておき、最後までお読みいただきありがとうございました!

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ぼんちゃん

2017年入社。 「人生なんとかなるよ」と言い聞かせ、のらりくらり生きてる。
連載「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、
誰もが聞いたことがある日本の歴史舞台の裏側、当時の日本酒エピソードをご紹介していきます。

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