三段仕込、火入れ、寒造り…。現代に息づく興福寺の「僧坊酒」
三段仕込、火入れ、寒造り…。現代に息づく興福寺の「僧坊酒」

2019.10.15

三段仕込、火入れ、寒造り…。現代に息づく興福寺の「僧坊酒」

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どーも!ぼんちゃんです!

10月に入り、弊蔵ではいよいよ酒造りが本格化しております。今年もおいしい酒をお届けできるように、蔵人一同心を込めて造りに励んでいきます。

ところで酒造りが10月前後から始まり年末には新酒が続々と登場する、という流れは現代の日本酒業界では当たり前になっています。これを寒い時期に酒を造るので「寒造り」といい、消費者の皆様も自然と酒はそういうものだと認識していることでしょう。

現代の酒造りの技術は、寒造りも含めて先人たちの知恵の結晶と言って過言ではありません。様々な問題点に遭遇しながらもそれを1つ1つクリアしていき、そのおかげで私たちがおいしい酒をお届けできるようになりました。

多種多様な日本酒が流通する昨今、造りの違いを付加価値にした商品もたくさんあります。そういったものがどういう経緯で生まれたのか、それを理解するだけで普段口にする酒の見え方が変わってくるはずです。

飲酒

今回から始まるシリーズでは、そういった現代の酒造りにつながる歴史を掘り下げていきます。「温故知新」とはちょっと違いますが、始まりを知ることで新鮮な感覚を得ていただければよろしいなと思います。

ちなみにかなりニッチの内容ですが、これを辛抱強く読み終えた頃には酒造りに対する理解度が格段に上がります。最後まで読んでいただければ幸いです。

「一麹、二酛、三造り」

まず「日本酒は微生物の活躍により醸される」という常識からおさらいします。

日本酒は発酵によってできる、ということは周知の事実だと思います。その発酵形態を「並行複発酵(へいこうふくはっこう)」と言い、世界のアルコール飲料の中でも特異な性質を持っています。詳細はきくつかこらむバックナンバーを参照ください。

 

この発酵形態を成立させるために、麹菌と酵母という2つの微生物が重要な働きをします。麹菌はデンプンを糖分に変え、酵母は糖分をエサにアルコールを生成します。

それらの菌にたくさん働いてもらうのが酒造りの肝となりますが、酒造業界の有名な格言で「一麹、二酛、三造り」という言葉があります。

酛(酒母)というのは酒の基礎とも言うべき存在で、雑菌の増殖を抑え、かわりに酒造りに適した優良酵母をたくさん培養したものです。造りは醪を指します。

しっかりした酛を造らないと、醪で酵母が働かず発酵が途中で止まってしまったり、雑菌に侵され台無しになるリスクが出てきます。醪の健全な発酵には不可欠な存在です。

またその酵母をしっかり育てるには十分な栄養が必要です。つまりしっかり糖分を生み出してくれる強い麹を造らなければなりません。

麹

要するにこの格言は、

「醪の健全発酵には屈強な酵母とたくさんのエサが必要。となれば酛で強い酵母を育てないとダメだよね。酵母を育てるためにはちゃんとエサを供給できるように、しっかり破精込んだ酵素力価の強い麹を造らないとダメだよね」

という酒造りのイロハを端的に表した言葉です。微生物たちの存在を我々は知っているので、こうやって菌の関係性を踏まえながら酒造りを説明できますが、大昔の人たちはこの菌の存在を知らず経験則だけで酒を造っていました。

現代に続く3段仕込

菌を働かせると言っても、決して根性論では出来上がらないのが酒造りです。酵母に「お前らもっと気張って働け!」と怒鳴りつけても、「ひえ~っ(汗 頑張ります!!」とはなりません。人間と同じですね。

先ほど、雑菌の増殖を抑え優良酵母を培養した酛は酒造りの肝心要と書きましたが、例えそれがしっかりできた酛を造れたとしても、ちょっとのエサしかなければ働かないわけです。100人いるのに10人前の弁当しか用意しなかったらダメなわけです。

つまり効率よく酵母を働かせ、ストレスを与えず生産性を高めることが酒造りには求められます。

その技術として発明されたのが「段掛け」です。

多聞院というお寺の僧侶が記した『多聞院日記』では、この技術の源流を垣間見ることができます。

多聞院は奈良・興福寺の塔頭(たっちゅう)です。当時は興福寺とその諸塔頭が造る酒が高品質として有名でした。

Wikipedia:塔頭より

「寺が酒を造っていたの?」という方も多いと思いますが、室町時代では寺院が商業的規模で酒を造る「僧坊酒」(そうぼうしゅ)が盛んでした。とりわけ興福寺は技術に秀で、現代まで続く様々な工程を開発しています。その1つが「段掛け」です。

 

段掛けの中でも最も一般的なのが「3段仕込」で、「酛」「初添」「仲添」「留添」の大きく4工程があり、米と麹と水をそれぞれの段階に分けて醪に投入していく仕込み方法です。こうすることで雑菌汚染の防止や、酵母がストレスなく働いてくれることにつながります。

蒸米の分量は「初添:仲添:留添=1:2:3」とするのが標準ですが、前半の米を増やして留添の分量を減らしたり(湧き進め型)、逆に留添の量を多くしたりする(湧き抑え型)など、酒質設計により様々な工夫がなされます。

要するに3段仕込は、酵母を効率よくストレスなく働かせるというのはもちろん、先の発酵をコントロールするために大事な工程なのです。それを室町時代の終わりにはすでに行っていたことを『多聞院日記』では示しています。

酒造りにスピリチュアルを感じていた時代の人たちが、微生物を制御する術を実は知っていた。これがすごいと思います。刀を振り回していた戦国時代とのギャップがいいですよね。

戦国時代 鎧

しかも同史料には、「酒ニサセ樽ヘ入了」という記述があり、これは酒を煮る、つまりは低温殺菌法をすでに行っていたことを示しています。パスツールがワインの低温殺菌法を発明したのは、それから約400年後のことです。

「夏酒」と「正月酒」

『多聞院日記』が記されたころ、酒造りは2季行われていました。旧暦の2~6月にかけて仕込まれた酒を「夏酒」、同じく9月から仕込んだものを「正月酒」と言います。

夏酒の名前の由来はおそらく仕込み時期からきています。夏酒の仕込みは酛~留添こそ2~3月なので旧暦では「春」ですが、醪期間中および出来上がりは4~6月と旧暦における「夏」です。だから「夏酒」であると推測できます。

じゃあ正月酒は…、といきたいところですが、その前に現代・夏酒・正月酒の3段仕込をそれぞれ比較してみます。

3段仕込

まず酛立てから初添までを見てみましょう

夏酒は正月酒の倍の時間をかけています。この表だけを見れば現代の速醸酛と同じ程度です。

しかし注意したいのが、室町時代はおそらく生酛造りが行われていただろうという点です。しかも酵母無添加です。

生酛と速醸酛の違いを超絶簡単に説明すると、主に醸造期間がかなり変わってきます。

酛は先述した通り、優良酵母を増やし雑菌を抑えた小さい醪です。雑菌を殺すにあたって主に必要なのが乳酸で、乳酸菌に頑張ってもらって乳酸を出すのが「生酛」、乳酸を添加してしまうのが「速醸酛」となります。(※めっちゃいろいろ省略してますがご理解ください)

そうなると生酛の方がより時間がかかるというのはわかりますよね?しかも酵母も無添加なら培養までに余計時間がかかります。それなのに現代の速醸酛と大して差がない、正月酒に関してはそれより短いというのは注目されるわけです。

次に初添と仲添の間ですがこれを「踊(おどり)」といい、手を加えず酵母を働かせる期間となります。現代ではこれを挟んで中2日となります。

夏酒と正月酒に目を移すと、夏酒は中10日を要するのに対し、正月酒は間を挟まずに仕込まれます。かなりの違いです。

当時の記録がないので迂闊なことは言えませんが、そのタイミングにおける気温が大きく影響しているものと考えられます。単純に今の2月と9月を比較したら後者の方が暑いですよね。暑ければ当然菌類の動きが活発になります。

留添はどれも仲添の翌日なので、やはり大きな違いは踊の期間と言えそうです。

そしてようやくここで話を戻して「正月酒」の名前の由来。夏酒と大体同じ醸造期間だったとすれば5カ月の時間を費やすので、9月から仕込み始めて完成は1月。そう、正月に飲む酒だから正月酒なのでは?と整理できます。

「正月酒の方がうまくね?」

同じく『多聞院日記』の文禄5(1596)年条にこんな記述があります。

ヒセンヨリモロハク

国立国会図書館WEBページより引用

簡単に訳すと、

「ヒセンよりモロハクの方がうまいから米3升と交換してくれ」

ということを言ってます。

当時すでに火入れが行われていたことを書きましたが、この文に出てくる「ヒセン」は夏酒に火入れを施した「火煎酒」を指します。対して「モロハク」は酛米も麹米も白米を使用し冬に造られた酒である「諸白」を表します。

先述した永禄12年のころの正月酒がすでに諸白だったかはわかりませんが、30年後には「夏酒より冬に造った酒のほうがうまい」という認識になっていたことが、この記述から読み取れるのです。

それと同時に火入れをした酒が正月酒のシーズンまで貯蔵され飲まれていたこと、長持ちさせるための火入れだったという事実も浮き彫りになります。

やはりどういう酒(味・香りなど)が飲まれていたのか『多聞院日記』からは読み取れないので、このおいしいがどういった意味合いかまではわかりません。

しかし現代基準で考えれば、雑菌が活発ではない冬に仕込むことで、糖化や発酵に時間を使うけど酸っぱかったりしないおいしい酒ができあがる。そんなところだろうなあと推測します。

その後、江戸時代以降は寒造りが一般的になり、「諸白・3段仕込・火入れ」を含め、興福寺の酒造りの系譜は何百年も先の僕らに受け継がれています。

おわりに

今回出てきた酒造技術の数々。聞きなれない言葉だなあと感じた方が多いはずですし、それが普通だと思います。言ってしまえば今までそういった部分が見向きもされていなかった、というのが真実です。

以前から僕のコラムでは書き続けていますが、酒は「情報で飲まずに五感で味わえ」が基本だと思います。「山廃だからおいしい」わけではないですし、「生酒だからおいしい」わけでもありません。

冒頭でも述べたように米や精米歩合などのスペックだけでなく、醸造過程の違いを付加価値とした商品が増えている中、より酒が情報に巻き込まれてしまっています。

情報

情報が多くなればなるほど、消費者が酒を選ぶ際に連想する味は詳細になります。今まで辛口or甘口というAの情報だけで満足し、あとは「買ってみてのお楽しみ」だったものが、BもCもDも情報が入ってくると、それまでの経験則で味のイメージがより具体的になるわけです。

そういった現状を踏まえると、「情報で飲まずに五感で味わえ」を啓蒙するだけでなく、情報の数々を正確に説明する責任が造り手にはあると感じています。

僕はその切り口として「歴史」を選びました。歴史=成り立ちなので、どういうものかを理解するうえでとても有効だと思うからです。

しばらくこういったシリーズが続きますが、どうか飽きずに読んでいただければ幸いです。

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ぼんちゃん

2017年入社。 「人生なんとかなるよ」と言い聞かせ、のらりくらり生きてる。
連載「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、
誰もが聞いたことがある日本の歴史舞台の裏側、当時の日本酒エピソードをご紹介していきます。

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