日本における酒の興り①~蜂蜜の酒造り~
日本における酒の興り①~蜂蜜の酒造り~

2018.03.16

日本における酒の興り①~蜂蜜の酒造り~

このエントリーをはてなブックマークに追加

RSS

tbnr_nihonshu_history

こんにちは!ぼんちゃんです。

入社して1年、ようやく飲み会序盤から日本酒を飲み続けられる肝臓が出来上がってまいりました。お腹にも溜まらないしどんな料理にも合うし、改めて日本酒のすばらしさを実感する今日この頃ですが、僕らが飲んでいる日本のお酒はいつから、そして元々はどういった形の物が造られていたのでしょうか?

今日からのこのコラムでは、数回に渡り日本の酒の始まりについて迫っていこうと思います。

当コラム「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、日本酒にまつわる歴史エピソードをシリーズで紹介していきます。

世界最古の酒・ミード

日本で酒が造られるようになったのは、稲作が伝わった縄文後期以降だと考えられています。まあ米がないと酒は造れないので当然ですよね。ただ酒類の総称という意味での酒なら、何かしらの穀物や果実を使った酒があってもおかしくはないと思います。
ミード(蜂蜜酒)は世界最古の酒と言われていますが、この酒は有史以前、農耕が始まる前からあったと考えられています。つまりは文明がなかった、人間が野性的な生活をしていた時代から飲まれていたのです。しかも始まりはハチの巣に溜まった雨水を狩人が飲んだところからというので驚きです。極めて本能的な行動と言えるでしょう。それを踏まえると日本列島にいた我々の先祖も、そういった偶発的な形で酒に親しんでいた可能性もありそうですよね。まあ文献が一切ない、発掘実績もないという時代のことなので憶測の域を脱していませんが。

「人性酒を嗜む」

有史以降ですと、『三国志』巻30「魏志東夷伝」の中にある「人性嗜酒」【訳:人は酒を嗜む性質がある】という一文が、古代の日本で酒を飲む風習があったことを裏付ける、有力な手掛かりであると言われています。また「其死(中略)他人就歌舞飲酒」【約:人の死に際して(中略)歌い踊って酒を飲む】という一文も、当時飲酒文化があったことを裏付ける証拠とされています。
そもそも「魏志東夷伝」とは、字そのままで三国時代の魏の国の歴史書を指します。邪馬台国の存在を記したことで有名な「魏志倭人伝」もこの中に含まれています。古代中国は「中華思想」に基づく統治が行われました。これは「中国皇帝(天子)が世界で最高の価値を持ち中心である」とみなしたものであり、極めて排他的と言える思想です。

imgぼんちゃん201803_1
上記図のように中央の天子から青い円の朝貢国までが「中華世界」となり、このいずれにも属さない人々は蛮族で「東夷(とうい)」「西戎(せいじゅう)」「南蛮(なんばん)」「北狄(ほくてき)」と呼ばれました。つまりその当時の日本列島は「東夷」の中の1つだったわけです。
ちなみに「魏志東夷伝」の一文に、「其俗擧事行來有所云為輒灼骨而卜以占吉凶(中略)其辭如令龜法視火坼占兆」【訳:何かの行為やどこかに出向く際に気になることがあれば、骨を焼いてトし吉凶を占う。(中略)中国の令亀法に似ている。火によって出来た裂け目で、その物事の吉兆を占う】というものがありますが、これは前回の当コラムで紹介した甲骨文字の「ト占」と非常に酷似します。古代の日本が中国文化の影響をどれだけ受けていたのかよくわかります。

どんなお酒が飲まれていたのか?

ではどういったお酒が当時親しまれていたのか、という疑問が湧きますが、正直今の段階では全く解明されていません。米、あるいは他の穀物だったのか。もしかしたら木の実の類だったのかもしれません。しかし前述したことを踏まえると、当時の日本列島は大陸の文化の影響を色濃く受けています。だから大陸でそれ以前から親しまれているお酒が、日本に伝来し影響された可能性が高いと考えます。その有力候補の1つとして挙げられるのが「口噛み酒」です。以前のこらむ『処女にしか造れない??日本酒の起源「口かみの酒」とは』でも題材にしたものなので、そちらも併せてご覧ください。
口噛み酒は中華圏のみならず、世界中の原始社会で造られていた、ある意味ポピュラーなお酒です。大ヒットを記録した映画「君の名は。」で話題になったみたい(筆者は「君の名は。」を見たことがないのでわからない)ですが、日本においては北海道アイヌや奄美諸島、琉球列島でも明治時代まで造られていたようです。
当たり前ですが口噛み酒は一度に大量生産できません。仮にやるとしたら広場に何千人と集めて大量の米を用意。一斉に噛んでは吐き噛んでは吐きを繰り返し…考えるのも嫌になるぐらい不衛生ですね。まあ実際造る人間の条件はとても限られていたようなので、今のように大人数の飲み会で飲むために造られていたものではなかったのでしょう。量が少ない、そしてアニミズム(自然崇拝)とか何かとスピリチュアルな時代背景を考えると、飲酒は神事・儀式・信仰の場面に限られることがわかります。

蜂蜜は酒造りの必須アイテム

ちなみに中国の紀元前7000年頃の遺跡から出土した陶器片から、醸造酒の成分が検出されました。それが考古学的には現時点で世界最古の酒です。検出された成分は米・果実・蜂蜜などで、やはりミードと同じく蜂蜜が使用されています。そもそもミードは濃い蜂蜜を果汁で薄め自然発酵させたものですが、この発掘成果を見るに米のお酒にも蜂蜜が使われたということになります。酒造りには糖分が必要不可欠で、当時は蜂蜜の糖分を利用し全世界で酒造りがなされたのだと推測できます。
imgぼんちゃん201803_3
「なぜ砂糖ではないのか?」という疑問を持った方もいらっしゃると思いますが、実は砂糖が世界に広まったのはもっと後の話です。原産地はインドとされ、ヨーロッパに広まったのは中世以降です。大航海時代なんかが正にその時期で、カリブ海域の植民地は砂糖生産が盛んに行われ、アフリカから多くの黒人奴隷が連れてこられて、栽培に従事させられていたと言います。日本で生産されるようになったのはもっと後で、薩摩藩が琉球王国でサトウキビ栽培を奨励したのが最初の試みと言われています。そもそも砂糖は植物から精製しないといけない技術と手間が必要で、原始社会では造れないものだったでしょう。その点蜂蜜は容易に手に入る甘味料ですから、酒造りに使う糖分として、自然な成り行きで選ばれてきたのだと考えられます。

おわりに

以上で今回のコラムを終わります。
蜂蜜を中心に取り上げましたが、以前ほっけさんの記事ではちみつ大根を使ったおつまみレシピを紹介していますので、ぜひご覧ください。
次回はこの続きから書いていきます。
末筆ながら最後までお読みいただきありがとうございました。

このエントリーをはてなブックマークに追加

RSS

おすすめ記事

日本における酒の興り①~蜂蜜の酒造り~
ぼんちゃん

2017年入社。 「人生なんとかなるよ」と言い聞かせ、のらりくらり生きてる。
連載「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、
誰もが聞いたことがある日本の歴史舞台の裏側、当時の日本酒エピソードをご紹介していきます。

← 一覧へもどる