古代の最高級酒「御酒」とは?実は夏酒も飲まれていた!
古代の最高級酒「御酒」とは?実は夏酒も飲まれていた!

2018.07.6

古代の最高級酒「御酒」とは?実は夏酒も飲まれていた!

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どーも!ぼんちゃんです!

高温多湿で日々の暮らしが憂鬱に感じる今日この頃。自然とおいしいお酒で気を紛らわす日々が続きます(笑)

個人的には夏場に飲む燗酒が好きですが、ボディのある酒をオンザロックで飲む人やさらっとした酒をキンキンに冷やして飲む人など様々あると思います。近年は夏酒として多種多様な酒が販売されていて、酒好きの皆様を喜ばせています。

ところで、古代の人達はこの時期にどういった酒を飲んでいたのでしょうか。前回は秋の収穫祭「新嘗会」で飲む白貴・黒貴を紹介しましたが、今回はそれよりも早い季節に造られていた酒について見ていきます。

酒造りのプロ「酒戸(しゅこ)」

 

古代の酒造りは「造酒司(みきのつかさ)」を中心にして行われ、その中でも「酒部」という役職が60人配され、酒造りや宴会のコンパニオン的な仕事に従事していたことを前々回のコラムに書かせていただきました。

酒部は無作為に選ばれた人間ではなく、「酒戸(しゅこ)」出身者で固められた集団です。「戸」は「戸籍」などの言葉で現代に名残を残していますが、元々は律令制下で集団を示す単位として用いられていました。つまり酒+戸なので、酒戸は酒造集団を表すことになります。酒戸は大和国に90戸、河内国に70戸の計160戸が存在したと言われており、その中から抽出される60人なので、酒部は相当優秀な技術者だったのではないかと思います。

最高級酒「御酒(ごしゅ)」とは

さて、その酒戸ですが、当時どういった酒を造っていたのでしょうか。前回も見た『延喜式』に答えが書いてあります。

代表格は「御酒(ごしゅ)」でしょう。様々な節会で用いられるこのお酒は、当時の最高級酒とされています。米1石、蘖(よねのもやし、=麹)4斗、水9斗から酒8斗を作ります。前回のコラムでも書きましたが、現代の酒造りでは酒質によって違いはあるものの、米1石から22斗の酒を造ることができます。やはり白貴・黒貴同様こちらも材料を贅沢に使っている印象です。

酒で酒を仕込む「しおり」とは?

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この酒の最大の特徴は、「しおり」という工程があることです。

しおりは簡単に言うと「酒で酒を仕込む」製法です。現代の酒造りでは段仕込み、特に三段仕込みという製法が用いられます。初添→中添→留添といった具合に、徐々に仕込み量を増やしていくこの製法は、細菌類の繁殖を防ぎ、醪の発酵を活性化させる点で非常に優れています。その留添の工程で水ではなく清酒を用いて造られるのが貴醸酒と呼ばれるお酒。それに対ししおりは、1度発酵しきった酒を濾し、その酒に米麹と蒸米を加え再発酵させて再び濾す製法です。なんだか贅沢な感じがしますよね。

御酒は10月から醸造を始め、しおりはそこから10日以内までにという決まりがあったようです。現代の酒とは色々異なる点がありますが、10日以内の酒というのは非常に糖度が高く甘いジュースのような印象があります。しおりは1つの醪につき4回までという制約があったようで、元々麹の割合が高い原材料を考慮するとかなり甘い酒だったのではないかと考えられます。個人的には飲み飽きしそうなので、こればかり出てくる飲み会には絶対参加したくないです。

ちなみに御酒は山城、大和、河内、和泉、摂津の酒戸が醸造し、年間212石9斗もの米を使用していたそうです。先述したように8斗の酒を得ていたとするならば、121石ほどの酒が造られていたことになります。

古代にも「夏酒」が楽しまれていた?

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『延喜式』の記述を見ていて面白いのが、昔は腐造のリスクを顧みずに年間で酒を造っていたことから、それぞれの酒を醸造する月が細かく規定されていることです。弊社では「純米生酒菊の司ひまわり」などの夏酒をリリースしていますが、古代において夏の期間はどういった酒が造られていたのでしょうか。

まず挙げられるのが「御井酒(ごいしゅ)」です。旧暦7月下旬から醸造開始、8月1日に提供開始の酒です。名前の通り、蒸米・麹の分量は御酒と同じで似た酒質を想像できますが、水は御酒よりも3斗少なく6斗で、造られる酒は半分の4斗と非常に濃厚な酒質だったことがわかります。オンザロックで飲みたい1品ですね。

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次は「醴酒(れいしゅ)」。「一夜酒」とも言われるように短時間で造ることができる酒です。6月1日から7月30日の間に1日1回醸造されていたようです。蒸米4升、麹2升に酒3升を加え、9升の酒を得ていました。麹の割合が高い甘い酒だったようで、冷やして飲むのが一般的だったとのこと。私自身、夏場は何となくコップ一杯に氷を入れてカルピスが飲みたくなったり、乳酸系の甘味にそそられることが多々あるので、この時期にこの手の酒を造っていた当時の人々はセンスがあると思います。

おわりに

毎週土曜日に盛岡市材木町で開催されている「よ市」というイベントで、弊社は定期的に屋台出店をしていますが、先日参加させていただいた時は、「純米酒平井六右衛門活性にごり酒」が非常に好評でした。にごり酒というと冬のイメージがありますが、夏に飲むのもまた一興。今回のコラムで古代人達が夏場にドロッとした酒を造っていたことを知りましたが、この暑い時期にそういった酒を飲みたくなるのは人間の本能なのでしょうか。興味深いですよね。

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ぼんちゃん

2017年入社。 「人生なんとかなるよ」と言い聞かせ、のらりくらり生きてる。
連載「教科書には載っていない、日本酒の歴史。」では、
誰もが聞いたことがある日本の歴史舞台の裏側、当時の日本酒エピソードをご紹介していきます。

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