2020.02.14

『日本山海名産図会』から学ぶ!寒造りの酒と生酛造り

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どーも!ぼんちゃんです!

最近ネットで「一人旅に抵抗感があるか」みたいな話題を見かけました。僕自身一人行動が好きな人間で、学生時代はけっこう一人で遠出をしていた記憶があります。北海道に競馬を見に行ったり、名古屋に競馬を見に行ったり、東京に競馬をみたり

旅行 (2)

まあ目的は人それぞれということで…。

旅の醍醐味の1つと言えばお土産探しです。その土地の名物を事前にリサーチする時間が意外と楽しかったりしますよね。そういった意味では、全国各地の「地酒」も名産品として古くから親しんでいただいています。

日本の古い書物には各地の名産品が紹介された文献が多数存在します。昔から日本人はそういったガイドブックを見るのが好きだったのでしょうね。

その1つに『日本山海名産図会(にほんさんかいめいさんずえ)』があります。江戸後期に書かれたこの本には、当時の醸造技術の詳細が、伊丹の酒蔵への取材に基づき記載されています。

当時の酒の種類分け

『日本山海名産図会』は1779(寛政11)年に木村蒹葭堂が著した、各国の農水産物、酒、工芸品などを図説した書物です。その中の酒造について書かれた部分は、著者が伊丹の酒造地を実際に訪れ、今風に言えば「取材」に基づいた内容となっています。

書かれている内容を見てみて最初に触れておきたいのが、造られる時期によって酒の呼称が異なっていたことです。

日本山海名産図会③

(『日本山海名産図会 五巻(1)』より引用)

秋の彼岸ごろに出てくる「新酒」を筆頭に、「間酒(あいしゅ)」→「寒前酒(かんまえざけ)」→「寒酒」と進んでいきます。とりわけ「寒酒が最高においしい!」ともっぱらの評判だったようで、以前コラムで取り上げた興福寺の僧坊酒から300年経っても、寒造りの酒は不動の人気を誇っていました。

 

日本酒の大きな特徴として「並行複発酵」が挙げられます。糖化と発酵をバランスよく進行させていくことが何よりも重要であり、寒造りはそれを最もしやすい時期です。

菩提?はあえて暑い時期に仕込みを始めて、早めに酒を完成させることが特徴でした。これは「暑ければ発酵が進みやすい」という理屈を生かした酒造りです。全館空調をできない時代に、室温をコントロールして発酵速度を緩めるなんてできませんよね?

逆に現代の酒造りはそこらへんの操作がある程度容易になったため、季節関係なく寒造りのような酒を通年で製造し販売するお蔵さんもあるわけです。

造る時期が違うというだけで付加価値になる江戸時代の酒。造る時期に差はないけれど、季節に合わせた限定商品を付加価値として提案する現在の日本酒業界。どちらが良い悪いではなく、日本人の持つ季節を感じる繊細さは今も昔も変わらないのだなあと実感させられます。

良酒をたくさん届けるために

寒造りのデメリットを考えてみると、やはり「発酵日数」が長いことが挙げられます。人気なのはわかるけど、日数が長い上に仕込み時期が集中してしまい、なかなか供給が追いつかない。設備が整った現代の我々ならともかく、こんなジレンマを抱えて当時の人々は酒造りに勤しんでいました。

『日本山海名産図会』を見ると、往年の酒造りの全貌が見えてきます。その中でも注目すべき点を以下ピックアップしてみました。

①蒸米・米麹・仕込水の物量

興福寺の僧坊酒の記事で3段仕込について書きました。当然300年後の江戸後期でも行われていましたが、決定的に違うのは?→初添→仲添→留添と進むごとに、主原料それぞれの物量を倍増していたことです。

人見必大(ひとみ ひつだい)によって1697年に著された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』では、蒸米1斗・米麹6升・水8升の物量は固定したまま添を3回繰り返すだけと記載されています。100年後にそれが変化したわけですね。

現代の3段仕込でも、「初添:仲添:留添=1:2:3」の比率で物量を増やしていくレシピが一般的です。これは単純な話で酵母が少ない時と多い時とでは、必要なエサの量が変わってくるためです。1人焼肉でカルビ20人前を出されても食べきれないけど、10人なら余裕で食べきれちゃいますよね?そんな感じに考えてもらえばいいと思います。

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②?と醪の割合

『本朝食鑑』では?:醪=1:3だったのに対し、『日本山海名産図会』では?:醪=1:11となっています。このことから、以前よりも強い?が造れるようになったということを想像できます。

③麹の使用割合

『本朝食鑑』では蒸米に対して麹が62%使用されていましたが、『日本山海名産図会』では39%と記載されており、1/3ほど減ったことに。このことから「発酵速度」に違いが出たと考えられます。

麹の割合は1%の違いでも発酵速度に変化をもたらします。発酵経過は大きく「湧き進め型」と「湧き抑え型」の2種類があって、一般的に前者は麹を多めに、後者は麹を少なめにします。これはシンプルな話で、与えられるエサが多いと酵母がよく働くためです。

だから麹の使用割合が少ない江戸後期の酒造りは、従来より発酵期間が長くなったと考えることができます。また麹が多いと鈍調な味わいになるので、この時代の酒は現代の清酒に近い、キレの良いスッキリとした味わいに近づいたであろうと推測できます。

生酛造りの原型

これらの変化をもたらした要因は、現代の日本酒ファンにもお馴染みの「生酛」ではないでしょうか?『日本山海名産図会』では生酛造りの原型を見ることができます。

日本山海名産図会④

書いている内容は、ほぼ現代で行われている生酛造りと変わらず、半切り桶6つに物量を分け、それらを手でかき混ぜる「手?」や、櫂棒ですり潰す「山卸」の工程が記載されています。

菩提?の記事で?における乳酸発酵の重要性について書きました。生酛の大きな特徴として、蔵にいる乳酸菌が生み出した乳酸を利用すること、そして「亜硝酸」の働きが挙げられます。

 

硝酸還元菌というバクテリアが、仕込み水の中に含まれる硝酸を亜硝酸に還元することを「亜硝酸反応」といいます。生酛系酒母においてはこの亜硝酸が乳酸、糖とともに、酒造りに不要な雑菌を淘汰する用心棒の役割を果たします。

生酛の初期段階には「打瀬(うたせ)」と呼ばれる5~6度の低温に晒す時期があります。これはその温度でも活動できる乳酸菌・硝酸還元菌の?殖を促すための期間です。逆に酵母や雑菌などの他の菌はこの温度帯で活動できないので、鉄壁の守備陣を固められるわけですね。

当時の酒造りで打瀬等を行っていたかは『日本山海名産図会』の記述からは確認できません。しかし蒸米を筵に広げしっかり放冷してる点、一番冷え込む夜間に山卸を行っている点、何より厳寒期に絞り酒造りを行っていた点からは、低温での立ち上げに対する意識が感じられます。

寒い時期と言っても発酵期間が長引けば雑菌汚染のリスクが高まるわけですが、寒造り酒の需要に応えるために、経験のみでこういった技術を生み出した江戸時代の蔵人には頭が上がりません。

こうして造られた生酛は雑菌のいない環境下で優良酵母のみが拡大培養された、発酵力の強い土台へと仕上がります。前章の②で書いた「強い?」という言葉は、ここにつながってくるわけです。

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当時の寒造りは12月頭から2月末までの約3か月間行ったようです。出来上がった酒は火入れを行い、秋口まで貯蔵されていました。この時に出荷される酒が「新酒」と呼ばれていたそうで、当時の酒が熟成ありきだったことが想像できます。

現代の我々にとっての新酒は、造られてすぐの若々しい酒というイメージなので、当時の寒造りの酒がどれだけ重宝されていたのかが窺い知ることができます。

ちなみに火入れから2カ月ほど経ち、樽から酒を出し利き酒することを「初呑み切り」と言いました。この行事は現代の酒蔵でも行われています。

 

菊の司の生酛造り

当社でも昔から生酛のお酒を醸造していますが、これまで「秋田式」と呼ばれる特殊な生酛を続けています。

秋田式

この方法は山卸を櫂棒ではなくドリルミキサーで行う点が最も大きく異なる特徴です。

生?

ちなみに今年は僕の希望でクラシカルな生酛造りにも初めて挑戦しています。

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正解がわからない中、手探りでやっていますが、1つ1つ確認しながら進める中で酒造りのいろはを学べている気がしてます。

酒造りの面白いところは点と点すべてに因果関係があることだと思うんですよね。1つのズレが全体のズレを生んだり、逆にすべてがぴったりハマったら酒もしっかりまとまる、みたいな感じで。

「伝統的な生酛」と秋田式のような「新しい生酛」は、良くも悪くも比較されるシーンが数多くあります。結局のところ旨くて理にかなっていればどちらで造っていても良いと思うのですが、その「理にかなった」説明をするというのは意外と難しいことです。

秋田式は山卸の方法が違うと書きましたが、それだけでクラシカルな生酛と違いが出るわけではなく、様々な操作・諸条件の違いから味わいのバラエティが生まれます。どちらの造りも見てみてそれが具体的にわかるようになってきました。

前々から言っているように生酛も速醸も山廃も菩提?もただの醸造手段にすぎません。その中で自分の蔵の違いを説明しないといけないわけですから、一般的な生酛の説明に終始してしまっては10%のことも説明できないような気がします。

様々な新しいものを見て調べて経験して、違いを具体的にイメージする重要性を感じます。毎年毎年が勉強ですね。それでは。

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