幻の復刻米の旨みを搾ってそのまま!純米生原酒菊の司亀の尾仕込
幻の復刻米の旨みを搾ってそのまま!純米生原酒菊の司亀の尾仕込

2018.07.9

幻の復刻米の旨みを搾ってそのまま!純米生原酒菊の司亀の尾仕込

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米のうまみがボリューミーにふくらむ、人気の純米生原酒。

「純米生原酒 菊の司 亀の尾仕込み」は、幻の酒米「亀の尾」を100%使用し醸した、菊の司酒造が誇る人気のお酒です。

原料米である亀の尾は宮城県石巻市の太田俊治さんのグループで全量契約栽培されたもの。60%まで精米し、米が持つ旨みをしっかりと引き出した純米酒を搾ってそのままビンに詰めた、無濾過生原酒です。このお酒は、調整ろ過、火入れ(加熱処理)、加水を施していないため酒のダイナミックなおいしさをお楽しみいただけます。

幻の復刻米「亀の尾(かめのお)」とは

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幻の復刻米「亀の尾(かめのお)」という品種をご存知でしょうか。

現在、農林水産省によると日本全国で栽培されているお米の品種はおよそ850種類にもおよび、そのうち酒米の品種は100種類を超えています。亀の尾はそれら食用米、酒米の多くの祖先にあたる品種です。

亀の尾の歴史は明治時代にまで遡ります。

舞台は山形、庄内。明治維新以降、庄内藩の農政の影響もあり他の地域では類を見ないほど、民間の米に対する探究が盛んに行われていました。そのような中、山形県東田川郡大和村の小出新田集落(現庄内町)の熱心な農家で寺子屋程度の教養以外はすべて独学で農業を学んだ阿部亀治が、1893年の冷害の際に神社へ参詣した際、その近隣の田んぼで、在来品種である「惣兵衛早生」の中で冷害にも耐えて実っている3本の穂を発見しました。

亀治はその田の所有者から穂を譲ってもらい、それを種子として翌年から生育。しかし2年間は稈丈が伸びすぎたり倒れたりしたため、思うような収穫を得られませんでした。

そこで1896年、水温が低い水口に植えたところ1株だけ生育が良好な株がありました。この株から種を採り、作付けして足掛け3年の歳月を費やし収量を増やしたものが後の「亀ノ尾」です。強風や冷害、病気に強く収量も上がることで亀ノ尾の噂はたちまち広がります。それを聞いて尋ねてくる百姓たちに、亀治は種籾を無償で分け与えたといいます。

当初は「新穂」「神穂」「新坊」などと呼ばれていたそうですが、友人の勧めにより阿部亀治の一字を取り「亀ノ尾」と命名されました。ちなみに、一時期は「亀ノ王」とする命名案があったようですが、それではあまりに畏れ多いと亀治自身が恐縮して「亀ノ尾」に落ち着いたといいます。1925年には、東北地方から北陸地方の寒冷地を中心に作付けされ、当時の代表的品種のひとつに。飯米・酒米・寿司米のいずれの用途でも高い評価を得ました。

さらに亀治は農法の研究にも熱心で、当時としては画期的な技術だった「乾田馬耕(かんでんばこう)」にも積極的に取り組み、熱心に農業改良に取り組みました。乾田とは、秋に田んぼの水を抜いて乾かし、春に深く耕して肥料を入れることによって地力を向上させ、収量を増やす方式です。深く耕すためには従来の人力による鍬での田起こしでは対応できないため、牛や馬の力を用いる馬耕とセットで奨励されました。「乾田馬耕」により、収量は倍近くになりました。それらの功績を認められ、亀治は1927年に藍綬褒章(らんじゅほうしょう)を受章します。

その後、公立研究機関によって、純系分離法で「亀の尾1号」「亀の尾4号」などが育成され、さらに陸羽132号を通じて現代の日本で愛される「ササニシキ」「コシヒカリ」など多くの品種にその系統が受け継がれています。育成当時は耐冷性、病気に優れる品種として名を馳せましたが、害虫に弱いという欠点もありました。また化学肥料で育てると極端に米がもろくなるので現代の農法には向いていません。やがて食糧管理法が整備されると多収性の品種に比べて冷遇され、次第にその子孫品種に取って代わられ、姿を消していったのです。

亀の尾の復活

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阿部亀治が開発した「亀ノ尾」は食用米、酒米に多くの子孫品種を持ちますが、1970年代には「亀の尾」自体が栽培されることは無くなっていました。

新潟県三島郡和島村の日本酒「清泉(きよいずみ)」で知られる久須美酒造の久須美記廸(くすみのりみち)氏は杜氏から、昔「亀の尾」で作った日本酒が素晴らしかったとの話を聞いて、亀の尾を復活させることを考えました。1980年に新潟県農業試験場から1500粒の種子を譲り受け、翌年と翌々年にかけて育成増量し、1983年にはお酒造りに足りる収穫に辿り着いたため、亀の尾を使用した吟醸酒「亀の翁(かめのお)」を醸造します。

この出来事が漫画『夏子の酒』のモデルとなっていることは有名で、作中では東京の広告代理店で働く主人公の夏子が、実家である酒蔵の杜氏である兄の夢であった幻の酒米「龍錦(たつにしき)」の復活を彼の死をきっかけに引き継ぎます。様々な苦難やドラマを乗り越え龍錦の栽培に成功し、念願の美酒を醸すストーリーです。

また久須美酒造が亀の尾の復活を考えていたのと同時期の1979年に、山形県東田川郡余目町の鯉川酒造の蔵元である佐藤一良氏もまた、先代の悲願であった亀の尾の復活を決心しました。元酒類鑑定官であった上原浩氏は、「そのことの話題性を積極的に利用しようとは考えていないようだが、私の知るなかで、亀の尾の復活にもっとも熱心に取り組んでいたのは鯉川酒造である。」とも語っています。阿部亀治のひこ孫にあたる阿部喜一が保有していたわずかばかりの種籾を譲り受け、試験栽培にこぎつけ、その後亀の尾単独で醪一本分の酒を仕込めるようになるまでには四年の歳月がかかりました。彼の酒が完成したのは1983年で、久須美酒造が吟醸酒「亀の翁」を作った翌年です。

「亀の尾」が酒米として復刻した背景には、偶然にも粒が大きめであり、米粒の半分以上を精米して削る吟醸酒や大吟醸酒を造るのに適していたということも幸いしていました。高級酒の原料としては、従来より「山田錦」が日本の最高品種とされてきましたが、山田錦は西日本でしか栽培できず、醸造ノウハウも定着しており、意欲ある杜氏にしてみると想定の範囲の品質で完成し、あまり面白みがないという声があったようです。その点で亀の尾という酒米は未知の部分が多く、想定外に化けることがよくあるのだということから、全国の杜氏が興味を持って挑戦を始めたのです。

「純米生原酒 菊の司 亀の尾仕込」の商品概要

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「純米生原酒 菊の司 亀の尾仕込」の飲み頃温度

「純米生原酒 菊の司 亀の尾仕込」の酒蔵直送通販

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